関西支部
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11月例会レポート
更新日:2014年6月29日
 
■開催日:2013年11月21日木   時間14時0分〜16時0分
■場 所:京都テルサ(京都勤労者福祉センター)小会議室
■テーマ:「21世紀の生き方、暮らしを求めて」〜世界に広がる半農半Xコンセプト〜
 
誰でも、本当に自分がやりたい仕事は何だろうかと考えることがある。その結果、転職ということにもなるのであろう。
最近、退職後にやりたいことに取組むという人々がいる。私の知り合いは、滋賀県の湖西の北部に移り住み農業を行っている。コメや野菜を自給。そして現地で、最近では、内橋 克人さんが提唱した「F(食料)E(エネルギー)C(ケア)自給圏」のネットワークつくりに取り組んでいる。
このように、現在、まだわずかかもしれないが、生き方の模索が始まっているように感じる。若者でも田舎暮らしに憧れているのもいる。また、農業がその1つの話題にもなっているように思う。
講師の塩見 直紀さんは、自分のやりたいことを探し求め、そして33歳で「半農半X」(農業で自給し、天職となる仕事を探し行う)に行き着き、企業を退職、地元の綾部市にUターンし、農業の自給化を行い、「農業」と更に「X」となる自分の天職、具体的には出版業を始めたというひとである。そしてこの「半農半X」を提唱している。
1965年、綾部市生まれ、大学卒業後フェリシモ(通信販売)に就職。ここで、1989年ころ、環境問題と転職問題に出会う。1993年ごろ屋久島在住の作家 星川 淳さんが「半農半著」と称し、半分は農業、半分は自分の天職の著述業をしておられるのを知る。この他、半農半漁、半農半画家(島崎藤村)、半農半工(西岡常一)というのもあり、1994年〜1995年に、ご自分で「半農半X」という言葉に行き着いたそうである。
1996年には自給農をスタートしている。特に大きな影響を受けたのは、内村鑑三であり、1894年、33歳の時に内村鑑三が書いた書「後世への最大遺物」の中の「我々は何をこの世に遺して逝こうか。金か、事業か、思想か。」という言葉である。この言葉を名刺にも印刷している。1999年、内村鑑三の年齢にこだわり、33歳で退職。故郷、綾部市にUターンした。
現在は『半農半X(X=天職)』を提唱、地元で農業をし、綾部市の文化の掘り起こし、そして若者たちの育成をしながら農業人口の増加や地元で天職の出版事業、一人出版業をしている。『半農半X(X=天職)』研究所を主宰。ソニー・マガジンより『半農半Xという生き方』出版。 教育、講演等で台湾、中国等の海外でも活躍。農業では1反で自家消費用のみをつくり、あとの4反は事業に活用。
今回はひとつの生き方として学ぶことができた。

中井正子